創業から半世紀以上継承される看板麺メニューを持つ、中華と洋食の名店。
愛され続ける理由を知りたくて訪ねると、その店ならではの物語がありました。

編集協力=小野 和哉(都恋堂)、篠賀 典子 取材・文=篠原 美帆 撮影=小松原 亜玲 写真提供=萬福

「西支(せいし)料理」と日本料理のハイカラな融合

 大正時代、飲食店からメガネまでさまざまな屋台が並んでいた銀座中央通り界隈。今は木挽町仲通りにある『萬福』も屋台を起源とし、1929年(昭和4)に現在地に店を構えた。創業者の笠原福次郎さんが洋食出身だったこともあり、「西支料理」を主軸として開業。西支料理とは、西洋と支那(中国)料理の総称のこと。現在では庶民的な印象がある中華料理も含め、当時としてはハイカラだったことが偲(しの)ばれる。
 現メニューの中で異彩を放つ「ポークライス」は、タマネギを使ったケチャップ味の焼き飯。チキンライスのようでいて、豚肉を多用する中華店らしくポークなのが珍しい。まさに西支料理から始まったことの証しといえよう。
 店の看板は「中華そば」。創業以来の味を大切に守り、丁寧に出汁をとったクリアなスープは昔ながらの醤油味だ。メニューが生まれた当初は今ほど「ラーメン」の定義が固定されておらず、店の個性が際立っていたという。
 萬福の中華そばの根底に流れるのは日本料理の思想。三角に切られた薄焼き卵に見られる丁寧な仕事ぶりも盛り付けの美しさを際立たせる。スープと具、麺がどれも突出することなく見事に調和し、するりと胃に落ちてゆく。優しくも誇り高い王道の一杯だ。
 同じ場所で長く店を続けることは、訪客にとっても思い出を刻む場所であり続ける。戦後間もなく、ある男性が懐かしそうに中華そばをすすっていた。復員して地元に戻ると、戦前と同じ佇まいで営業を続けていた萬福を見つけ、思わずのれんをくぐったのだという。懐かしい店の「変わらぬ味」が疲れた心身をどれだけ癒やし、励ましたことかは想像に余りある。たかが一杯、されど一杯。老舗にしか出せない味がある。

    • 萬福[東銀座]

    萬福[東銀座]

    15年ほど前に改装されたものの、創業時の面影を今も随所に宿す店内。

    詳細情報はこちら

    • 〔1〕
    • 〔1〕

    〔1〕

    中華そば700円。スープの絡みがよいストレート細麺は、伝統のレシピを元に特注。西支料理の面影を色濃く残すポークライス880円。

    • 〔2〕
    • 〔2〕
    • 〔2〕

    〔2〕

    今も昔も、掲げた看板やのれんの文字は変わらずに。
    屋台から立ち上げ、この地に店を構えた創業者の笠原福次郎さん。
    かつての営業許可プレートには「軽飲食・西洋」の文字。旧住所表示も味わい深い。

    • 〔3〕

    〔3〕

    現在は3代目店主・久保英恭さんが創業者である祖父の味を守る。

PAGETOP