やっぱり、とんかつ!

サクッ、ジュワー……とんかつならではの食感とうま味は「幸せ」の極み。
しかもエキマチエリアなら、王道からご当地メニューまで、多彩なバリエーションを楽しめます。
今回はとんかつ研究家・かつとんたろうさん推薦の“この店ならではの味わい”をぜひ。
嗚呼、今日はやっぱり、とんかつだ!

編集協力=小野 和哉(都恋堂)、篠賀 典子
取材・文=かつ とんたろう、味原 みずほ、上原 純(コラム) 撮影=荒井 健、中村 宗徳

掲載されている料金は2019年9月時点の税込み価格です。現在は変更されている可能性もございますので、各店舗にご確認ください。

とんかつには、100年の歴史あり
文=かつとんたろう
 とんかつは東京で生まれた料理だ。明治の終わりに永井荷風は随筆『銀座』で「或る人は、帝国ホテルの西洋料理よりもむしろ露店の立ち喰いにトンカツの噯(おくび)をかぎたい」と記している。ただその名称こそあれど、今とは違った、もっと薄っぺらくてジャンクな食べ物だったらしい。それがわたしたちの知るような形になったのは昭和のはじめ。一世を風靡(ふうび)し、上野や浅草、銀座を中心に、とんかつ専門店が並び始めた。豚肉料理は数あれど、そばや天ぷらのように料理一品だけで専門店となったのはとんかつだけだ。その人気のほどがうかがえる。
 戦後の高度経済成長期には忙しく働くサラリーマンが増え、外食産業も大きく発展。とんかつ屋も爆発的に増えて、それこそ一つの町に1軒はとんかつ屋があるほどだった。映画のタイトル(*1)に使われ、あるいは新作落語のネタ(*2)となり、婦人雑誌のレシピにも載るようになった。とんかつが広く世に広まったのはこの頃のことだ。
 もちろん外で食べるとんかつは専門店だけのものではない。町の定食屋ではとんかつ定食は当然のようにあるべきもので、洋食屋にはポークカツレツがあり、そば屋ではかつ丼が定番だ。また戦後になって本格的に東京以外でも食べられるようになった結果、名古屋の味噌かつや福井のソースカツ丼などさまざまなバリエーションが全国各地で生まれた。
 専門店のとんかつだって、肉やパン粉、揚げ油にソース、さまざまな組み合わせと工夫でお店独自の色が出る。パパッと食べるためのとんかつ、仲間と酒を飲みながら食べるとんかつ、デートで食べるとんかつ。シーンに合わせてお店を選ぶことができるほどに、とんかつは豊かになったのだ。
 とんかつが昭和のはじめに生まれておよそ100年弱。今では外国のお客さんにも「TONKATSU」で通じるようになり、名実ともに日本の料理となった。とんかつ100年の歴史に思いを馳(は)せながら、おなかを空かせてエキマチエリアを歩いてみようか。

【注釈】
*1 1963年公開の川島雄三監督『喜劇 とんかつ一代』。森繁久彌が主役の人情喜劇。劇中歌「とんかつの唄」は、のちに細野晴臣・鈴木慶一によるカバーとして発表された。
*2 初代柳家権太楼(1897~1955)のナンセンスな新作落語「カツレツ」が人気を博した。

    • 堂々たる、揚げ物の王者! とんかつ

      ご飯とキャベツはお代わりできますよ

    • 堂々たる、揚げ物の王者! とんかつ
    • 堂々たる、揚げ物の王者! とんかつ
    • 堂々たる、揚げ物の王者! とんかつ

    堂々たる、揚げ物の王者! とんかつ

    決して気張らない、家族で守る味と歴史

    1階が食堂、2階はお座敷。この手のスタイルの店はもうそんなに見なくなってしまった。昼は1階でビジネスパーソンのためのとんかつ定食など、手早くリーズナブルに。軽めのとんかつは鮮度のいい揚げ油のコーン油と、ちょっと小さめのサイズなればこそ。衣の剣立ちも良く、美しい。夜になれば2階のお座敷が開く。先代の奥さまである木邑外志子(としこ)さんが和服姿で出迎えてくれ、3人のお子さんたちと共に店を盛り立てている。

    とんかつ定食◎980円
    ランチの定食には味噌汁など各種付け合わせが付き、お得。
    店は戦時下の空襲にも耐えたそう。歴史を感じさせる外観の"和洋料理"店だ。
    カウンター上部の小のれんがかわいい。先代の奥さま・外志子さんのアイデアだ。
    左から、先代の長男の木邑芳幸さん、長女の佳世子さん、次女の直子さん。

    きむら

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    • 米とかつ・つゆの黄金比がここに かつ丼

      昔ながらの煮干しだしベースの優しい味です

    • 米とかつ・つゆの黄金比がここに かつ丼
    • 米とかつ・つゆの黄金比がここに かつ丼
    • 米とかつ・つゆの黄金比がここに かつ丼

    米とかつ・つゆの黄金比がここに かつ丼

    先代から引き継いだ王道のかつ丼

    東京交通会館が開業する前、1962年(昭和37)から有楽町で、家族で営んできたとんかつ店。一番人気は先代から引き継いだ飽きのこない王道のかつ丼で、この味を求めて何十年も通う常連も多いという。粗めのパン粉を付けた分厚いロースが目の前でカラッと揚がる音も食前の楽しみだ。煮干しだしベースの甘口つゆが染み込んだご飯とともにかき込めば、どこか懐かしい味に安心する。卵の硬さなど要望に応えてくれるこの距離感もいい。


    かつ丼◎1000円
    箸休めは、週3日店に仕込みに来る先代、父・武司さん特製のぬか漬け。
    カウンターに立つ2代目の中村文造さん(左)と弟の光晴さん。
    東京交通会館地下の路地の奥にあるカウンター10席の店。

    あけぼの

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    • 冷めても美味なとんかつバリエ カツサンド

      カツサンド、実は徐々に厚くしているんです

    • 冷めても美味なとんかつバリエ カツサンド
    • 冷めても美味なとんかつバリエ カツサンド

    冷めても美味なとんかつバリエ カツサンド

    折り詰めに目いっぱいのボリューム

    見た目で分かるこのボリューム。お肉の量はなんと200g近いという。パンは目が詰まっており、かつては片面のみだったソースも、今では両面に塗られている。これらが全部合わさって、食べ終わるとずっしりとくるのだ。食べているうちはおいしくてその重さが気にならないのがまた罪深い。作ってもらってからちょっと時間がたって、ソースが衣とパンになじんだ頃がちょうど食べ頃。日本橋の手土産の定番だ。

    特製お土産カツサンド◎1800円
    実際に重いのだけれど、包装にもなんとなく重厚さを感じる。
    日本橋の北側、昔ながらのお店が立ち並ぶ一角だ。

    宇田川

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    • かつとカレー、魅惑のタッグ! カツカレー

      「洋食屋」であることにこだわってます

    • かつとカレー、魅惑のタッグ! カツカレー
    • かつとカレー、魅惑のタッグ! カツカレー

    かつとカレー、魅惑のタッグ! カツカレー

    「猛牛」千葉茂の「ポーク」カツカレー

    戦後の混乱期、この店では食材を集められるだけ集めて何でも作っていた。その柔軟性と「猛牛」と称された巨人軍の選手・千葉茂の一言が「カツカレー」を生み出した。時代と共にメニューは増減したものの、伝統のカツカレーはメニューに載り続けている。特に「千葉さんのカツカレー」のかつは、単品のポークカツレツと同じ部位で同じ量の170g。カレーはかつての帝国ホテル直系のカルカッタ風。古き良き洋食としてのカツカレー、ぜひご賞味を。

    千葉さんのカツカレー◎1700円
    赤白のストライプが目を引く。一日中お客さんはひっきりなしだ。
    壁のメニューや板張りの床。小さいところにも歴史を感じさせる。
    70年の伝統を継ぐ3 代目、庄子あけみさん。

    銀座スイス

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    • キングオブ名古屋名物メニュー 味噌かつ

      一人前に、ロース肉200g使っています!

    • キングオブ名古屋名物メニュー 味噌かつ
    • キングオブ名古屋名物メニュー 味噌かつ
    • キングオブ名古屋名物メニュー 味噌かつ
    • キングオブ名古屋名物メニュー 味噌かつ

    キングオブ名古屋名物メニュー 味噌かつ

    コクと甘み、秘伝の味噌だれが染みるうまさ

    1947年(昭和22)、串カツを土手鍋に漬けて食べたのがヒントとなり生まれた名古屋名物、味噌かつの名店。一番人気はロースとんかつの2倍の大判サイズというわらじとんかつだ。1年半熟成させた天然醸造の豆味噌で作る秘伝の味噌だれを、スタッフが席で掛けてくれて完成する。薄衣に染みたコクと甘みのある味噌だれは意外にもさらっとしていて、厚めのロースもサックリ。圧倒的なボリュームだが、不思議と軽やかに胃袋へ収まっていく。

    わらじとんかつ定食◎1760円
    お昼時や週末には行列ができる。お持ち帰りも可能。カウンター席では厨房スタッフの仕事が眺められる。
    辛子、一味、すりごまはお好みで。キャベツには青じそドレッシングも。
    ビッグサイズのかつを切る小鞠雅年さん。

    矢場とん 東京駅グランルーフ店

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    • 福井のソウルフードも外せない! ソースカツ丼

      オリジナルの甘いソースが味の決め手です

    • 福井のソウルフードも外せない! ソースカツ丼
    • 福井のソウルフードも外せない! ソースカツ丼
    • 福井のソウルフードも外せない! ソースカツ丼

    福井のソウルフードも外せない! ソースカツ丼

    福井系のソースカツ丼も付くお得なセット

    日本橋のたもとにある越前おろしそばの名店。ランチにお客さんの7割が注文するのが、名物のおろしそばに、福井県のソウルフードであるミニソースカツ丼が付いたセットだ。味の決め手は揚げたてのかつと熱々のご飯にたっぷり染み込んだ特製ソース。酸味の効いた爽やかな甘さと香りが口中に広がり、叩いて薄くしたかつの軽やかな歯応えと、ふっくらご飯の組み合わせがたまらない。さっぱりしたおろしそばとも名コンビだ。

    おろしとろろそば◎1050円+ミニソースカツ丼◎250円のセット
    本来ソースカツ丼には付かないが、お客さんの要望でキャベツも添えている。
    日本橋川を眺めながら食事ができる絶好のロケーション。
    オーナーの中本好美さん。地元福井を愛する食の伝道師だ。

    御清水庵 清恵

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    • 【column】付け合わせのキャベツには理由があった!?

    【column】付け合わせのキャベツには理由があった!?

    揚げ物にキャベツを添えたのは、1895年(明治28)創業の洋食店『煉瓦亭』が始まりという説がある。当初の付け合わせは温野菜だったが、日露戦争の影響で人手不足に悩まされ、調理に手が掛からない千切りキャベツに替えたのがきっかけ。キャベツには胃腸の働きを助ける成分が含まれており、揚げ物とは相性がいい。だから定着したのかも?

    『煉瓦亭』は、元祖ポークカツレツなどのメニューを生んだ店でもある。
    『煉瓦亭』の元祖ポークカツレツ◎2000円

    煉瓦亭

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    • かつとんたろう

    かつとんたろう

    とんかつ研究家、ライター。食文化史としてのとんかつの調査をメインに、食べ歩き、雑誌などでの記事執筆など、とんかつに関わる活動を広範にわたり行っている。

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