- 2026/01/09
エレガントな人生爪
YouTubeのチャンネル登録者数64万人を超えるコンビ「エレガント人生」による、東京エキマチエリアを舞台にしたショートストーリー。

エレガント人生
山井祥子、中込悠によって2020年結成。繊細な人物描写が共感を集めるYouTube「エレガント人生チャンネル」はほぼ毎日更新。著書「酔い醒めのころに」(玄光社)が販売中。2025年9月、コンビでの結婚を発表
揺れる吊り革の隙間から「次は東京」という文字が見えたので、なんとなくドアの方へ近づいておく。車窓の向こうでは、ビルの群れが陽の光をビカビカ反射させながら流れていた。
人差し指と中指を擦り合わせるようにして、短く切った爪の感触を味わう。地元にいた頃は、鋭く尖らせた爪を折れる直前まで長く伸ばしていたけれど、今は百万円積まれたってそんな爪にはしたくない。財布から小銭が取れなくなるし、なによりも都会で浮くからだ。
上京してたった一年で、それまで大事にしてきたアイデンティティの一切を捨てた。真っ白になるまでブリーチをしたロングヘアーは、バイト先のカフェの色調に合うダークブラウンに染めた上、ボブの長さまで切り落とした。ピアスの穴を開けすぎて星座早見盤のようだった耳も今は穴のほとんどが塞がっている。
たぶん私、好きでギャルをやっていたわけじゃない。ギャル系以外のファッションはダサいとされる特殊な地域だったから仕方なくそうしていたのだ。そうじゃなければ、こんなに早く東京という街に順応しないだろう。
グランスタでお土産を物色していると、コートの右ポケットに入ったスマホがブーッと唸うなった。あやちゃみからの着信だ。
「あ、ひぃまる? おつー。ねぇ、何時頃こっち着く? あやたちテンション上がりすぎてもう駅の周りで待機してっからね! 早く帰ってきてぇ」
アメリカのカラフルなグミみたいに甘ったるい声が懐かしい。
白ギャルのあやちゃみと、黒ギャルだった私——ひぃまるは、常に行動を共にしていた。学校でトイレに行く時も、イオンのスタバに行く時も、いつだって私の隣にはあやちゃみの笑顔があった。果たして今の私の姿を受け入れてくれるだろうか。インスタに写真を載せているので、なんとなく今の私の感じを理解しているとは思うが、会った時の反応が怖い。
「ひぃまる! 聞いてる? 今考え事してるっしょ?」
「ごめん。お土産選びに悩んでいてさぁ。ってか、SNSで見ていると思うけど、今の私めっちゃ地味だからね? 会ってビックリしないでね! バイト先の規則厳しくて」
聞かれてもないのにベラベラ喋ってしまう。スマホを握る手に汗が滲にじんできた。
「あはは! 待って? ひぃまる、全然地味じゃないよ! なんならメイクも服も東京行ってから派手になってんじゃん?」
私は右耳であやちゃみの笑い声を受け止めながら、自らの爪を見る。短いながらも先が尖った爪。たしかに髪と爪が地味になった分、服とメイクでバランスをとろうとは思った。
「じゃあ、私まだギャルかな?」
「ひぃまるは一生ギャルだよ。てか、あやの方がやばい。最近感覚が大人になってきてさー、タラの芽の天ぷらをうまいって感じるからね? 山菜食うギャルなんかいないのにさぁ」
私は知っている、あやちゃみが最近へそピアスを開けたことを。
「大丈夫。あやちゃみも一生ギャルだよ」
私は手の平を天にかざして、ふつふつ湧き上がる笑いを必死に抑えた。
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