エレガントな東京 vol.1東京駅限定の君

YouTubeのチャンネル登録者数56万人を超えるコンビ「エレガント人生」による、東京エキマチエリアを舞台にしたショートストーリー。

冨田館長イメージ1️

エレガント人生
山井祥子、中込悠によって2020年結成。繊細な人物描写が多くの共感を集めるYouTube「エレガント人生チャンネル」はほぼ毎日更新。コンビとして初の著書「酔い醒めのころに」(玄光社)が販売中

いっそ、“甘いものが好きそう”な顔に生まれたかった。

希望、歓喜、はたまた絶望。さまざまな想いや感情が行き交うこの東京駅において、恐らく唯一に違いない不思議な願望を抱きながら、俺はボサボサの眉頭をかいた。

「こちらのメープルカスティーラは東京駅限定となっております!」

ハキハキと快活でよく通る声が、意気地なく立ち尽くす俺の鼓膜を揺らす。そう。まさにおとといも、出張先への手土産選びに迷う俺の足を止めた、その美しく高い声。二日前の俺はまんまと導かれるように、メープルカスティーラたるお菓子を取引先用と、新幹線でのおやつとして自分用に購入した。

初めてだった。新幹線の座席で小さく「うまっ」と声に出してしまったのは。舌の上で広がる、重厚なのにクドくないメープルの甘さ。一般的なカステラよりもとにかくしっとりしていて、歯を入れる感触も楽しい。なんてこった、こりゃうまい。帰りと分けて食べようと思っていた六個入りのそれは、新幹線が静岡に差し掛かる頃には跡形も無くなっていた。「取引先の分も食べてしまえ」という悪魔のささやきを必死に振り払い、ある決意を胸に一泊二日の大阪出張を乗り切った。

そして俺は今、ここ東京駅にいる。本来であれば、出張の帰りはいつも疲労困憊で真っ直ぐ中央線に向かうのだが、今日は違う。俺は人知れず心に誓ったメープルカスティーラとの再会を果たすべく、小走りであの売店へと向かった。

ところが、運命の再会まであと一歩というところで重大な問題が発生した。なんと売店の店員さんが、おとといと同じ女性なのだ。

これはつまり、である。「あれ? この人、おとといの朝もメープルカスティーラ買ってたよね。なのに、また? えーっと、今は時間帯的に恐らく帰りだから……。まさか、お土産用に買ったものを自分で食べちゃって、さらに自分用に買い足そうとしているってこと? やだ、とんでもない食いしん坊!」と思われてしまう可能性がある、ということだ。

いや、ほとんど図星であるし、そう思われたところで何がある訳でもないのだが、気がつくと俺は売り場を背にしており、まるでこの売店の、誰も建立を望んでいなかったキャラクター像かの如く固まってしまった。

あぁ、なぜお姉さんは今日もシフトを入れてしまったのか。なぜ俺はこんなにもスイーツと無縁そうな“柔道部出身”丸出しの見た目なのか。なぜメープルカスティーラは東京駅でしか買えないのか……。次々と湧き出るネガティブな疑問にもんもんとしていると、後方から穏やかで品の良い声が聞こえてきた。

「このメープルのカステラね、前に名古屋のお友達にお土産で買っていったの。それでね、私もそこで食べさせてもらったらすごくおいしかったから、私家が目白なんだけどわざわざ買いに来たのよ」 「えぇ、本当ですか? すっごくうれしいです!」

……そうだよな。店員さんは、そんなのうれしいに決まってるよな。俺も素直に、正直に伝えればいいんだ。よし––。

「あら、もうこれだけなのね。そうしたらこれ、全部ちょうだい」

人生は、メープルカスティーラの様には甘くない。
心の中で名言風の戯言を唱えながら、俺は中央線のホームへと歩き出した。(writer 中込)

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