天ぷらに宿る、江戸の胸懐

お客さんの前で揚げる天ぷら店へ行くのは、ちょっと特別なとき。
でも天ぷらのルーツを探ると、意外な歴史と江戸庶民の心意気があった。
てやんでぇ、四の五の言わずに揚げたてを食いねぇ……との声が聞こえそう!

天ぷらの極意は衣の配合と油の温度にあり

編集協力=小野 和哉(都恋堂)、篠賀 典子 取材・文=内藤 孝宏 撮影=荒井 健
取材協力=銀座ハゲ天 銀座本店

掲載されている料金は2019年9月時点の税込み価格です。現在は変更されている可能性もございますので、各店舗にご確認ください。

江戸の屋台で大人気!
「天ぷら」の語源には諸説があって、元はキリスト教カトリックのテンポーラという斎日(*1)で食された魚料理だったというのが有名だが、一つに絞ることは難しい。ともあれ、室町末期の南蛮貿易によって、鉄砲などとともに日本に入ってきた南蛮料理であることは確かなようだ。それが上方を経て、江戸時代には江戸まで伝わった。
 上方では魚のすり身を素揚げにしたもの、すなわち薩摩揚げを天ぷらと呼んだが、江戸では薄い衣で魚介類の味や風味を残すように揚げるスタイルになった。
 天ぷらが江戸で好まれたのは、安く早く食べられる屋台の食事として庶民に歓迎されたから。浮世絵などを見ると、食べやすいように食材を串に刺していた。また、随筆本『嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)』(1830年)によると、日本橋の天ぷら屋台主・吉兵衛の味が良く、後に店で揚げるようになり、評判を呼んだと記されている。
 ネタは江戸湾で取れたアナゴなどの魚介類が基本で、野菜を揚げたものは「精進揚げ」などと言って区別されていた。江戸前天ぷらの特徴は揚げ方にもあり、ごま油を使ってキツネ色に揚げた。昔は油が貴重であったために、継ぎ足したからキツネ色になったのだろう。その油っこさを中和するため、天つゆと大根おろしで食べたのは、江戸の庶民による発明である。こうして天ぷらは、すし、そばとともに「江戸の三味」に数えられ、日本のファストフードとなった。

人の集まる所つねに天ぷら店あり
 明治時代にかけては、専門店が登場し、高級料理としての地位も確立。小さな座敷で揚げ場を前にグループで卓を囲む、いわゆるお座敷天ぷらが台頭してきた。
 ところで、明治の三大天ぷら屋と呼ばれたのが新橋『橋善(はしぜん)』、銀座『天金(てんきん)』、浅草『中清(なかせい)』で、現存するのは『中清』のみだが、共通するのは人の集まる場所だったこと。『銀座ハゲ天』の2代目店主・渡辺亘(わたる)氏の著書『天プラのすべて』(WBW出版)では、大正、昭和を通じて東京都内で銀座に最も天ぷら店が多かったことを受けて「銀座は発祥のころから現在まで、天プラを育てた街と言っていいと思うのです」と語っている。
 さて、時を経て現代。天ぷらはジャパニーズ・フライド・フード、和食の代表格にまでなった。『銀座ハゲ天』3代目の渡辺徹氏は「現在の天ぷらには高級なイメージが強いかもしれません。確かに、おいしく揚げるにはコツがあり、技術も必要なので家庭では難しい。でも、そもそもは揚げたてをさっと食べる、気取らない料理です。今後も老若男女、多くの方々に天ぷらに親しんでいただきたいですね」と、その願いを語る。

【注釈】
*1 祭りなどの儀式の準備として身を清め、行いを慎む日。

    • 匠に聞く、江戸前天ぷらの極意!

    匠に聞く、江戸前天ぷらの極意!

    「天ぷらの極意は、衣となる水、粉、卵の配合と、揚げるときの油の温度の管理にあります」と教えてくれたのは、この道46年の小久保順吉さん。「年に2回、調理テストがありまして、今年で70歳の私でもそこで認められなければ揚げ場に立てません」と語る。江戸前天ぷらは、古くからごま油を使うのが特徴だが、焙煎していない生のゴマを搾ったごま油と焙煎したごま油をブレンドしたり、菜種油や綿実油を加えたりと、店ごとの工夫がある。

    『銀座ハゲ天 銀座本店』の小久保さん。

    • 銀座ハゲ天 銀座本店
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    銀座ハゲ天 銀座本店

    揚げ手の熟練度が最も問われるのが、かき揚げだ。『銀座ハゲ天 銀座本店』の特製かき揚げ880円。ネタは小エビと貝柱、三ツ葉。卵の配合を増やした衣でフワッと揚げる。
    天丼発祥の地は日本橋エリアとの説がある。大海老天丼1400円。大海老2尾、旬の魚貝、旬の野菜、海苔、半熟卵が華やかに盛られる(いずれも税別)。

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    • 「ハゲ天」驚きの店名誕生秘話
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    「ハゲ天」驚きの店名誕生秘話

     創業は1928年(昭和3)、九段で開店。作家の水上瀧太郎氏の援助を受けて銀座に移転する際、店主のルックスを屋号に使うことを提案されて「ハゲ天」は生まれた。今もその地に立つ
    ハゲ天ビルは、目の前で揚げる天ぷらを楽しむスタイルを守っている。

    本店をはじめ、パン粉で揚げた串揚げを楽しめる店もある。こちらは女性にも人気の串揚げランチ1140円(税別)。
    株式会社渡辺ハゲ天代表取締役社長の渡辺徹氏。「新業態にも挑戦します」

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